東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)34号 判決 1982年4月06日
原告
越後屋不動産株式会社
右代表者
長坂進
右訴訟代理人
藤原義之
被告
麻布税務署長
小松正
右指定代理人
一宮和夫
外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告
1 三条税務署長が昭和五三年五月二五日付でした原告の昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度分の法人税の更正処分のうち所得金額を一九六〇万九五七八円として計算した額を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 原告の請求原因
一 原告は不動産の売買や賃貸借等を目的とする青色申告法人である。原告の昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの事業年度(以下「昭和五〇年三月期」という。)分の法人税についての課税経緯は次表のとおりである。
(単位:円)
項目
年月日
(昭和)
所得金額
土地譲渡利益金額
法人税額
(所得税控除後)
過少申告加算税額
①
確定
申告
50.5.27
一八、九五九、五七八
―
五、一六六、三〇〇
―
②
修正
申告
51.6.18
一九、六〇九、三七八
―
五、四二六、三〇〇
―
③
更生・
賦課
決定
53.5.25
三三六、六〇七、〇九八
三一五、〇四七、〇〇〇
一九五、二三四、九〇〇
九、四九〇、四〇〇
④
審査
請求
53.6.16
一九、六〇九、五七八
―
五、四二六、三〇〇
―
⑤
審査
裁決
54.9.28
棄
却
なお、右表③の更正処分及び賦課決定処分(以下「本件処分」という。)は、当時の原告の本店所在地を管轄していた三条税務署長が行つたものであるが、原告の本店移転により被告が三条税務署長の事務を承継した。
二 原告は、中央共同ビル株式会社(以下「中央共同」という。)所有の東京都中央区銀座二丁目二番一号所在の宅地319.97平方メートルのうちの97.55平方メートル(以下「本件借地」という。)を同社から賃借し、その上に木造二階建の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、これを林錫仁に賃貸していた。そして、原告は、昭和四九年三月二七日、中央共同との間において、原告が中央共同に対し本件借地を転貸し、中央共同から六〇年間無利息で保証金合計三億五四一二万円(以下「本件保証金」という)を預かる旨の転貸借契約(以下「本件転貸借契約」という)を締結し、同日五四一二万円、同年四月三〇日、同年七月三一日及び同年一〇月三一日に各一億円を収受した。原告は、預り保証金は課税対象とならないと考えていたので、本件保証金の収受について何ら税務申告をしなかつた。
三 ところが、三条税務署長は、本件借地の転貸に伴う本件保証金の収受について、次のように判断して本件処分をした。
1 原告は、無利息で本件保証金を預かることにより、経済的利益を得た。これは、法人税法施行令一三八条二項に規定する経済的利益に該当するところ、その額は三億三四九九万七五二〇円となるので、これを益金に加算する。
2 他方、本件借地の転貸により本件借地に係る借地権の価額は九〇パーセント低下する。右借地権の帳簿価格は二〇〇〇万円であるから、前同条一項の規定により右二〇〇〇万円の九〇パーセントに当たる一八〇〇万円を損金に算入する。
3 また、本件借地の転貸は租税特別措置法六三条一項にいう土地の譲渡等に該当し、同項の譲渡利益金額は三億一五〇四万七〇〇〇円と算出される。
4 よつて、申告に係る所得金額一九六〇万九五七八円に1を加算し、2を減算した三億三六六〇万七〇九八円を所得金額とし、更に3を租税特別措置法六三条一項の譲渡利益金額として課税すべきである。また、右による法人税額と申告に係る法人税額との差額について、過少申告加算税を賦課すべきである。
四 原告は、本件借地の転貸に伴う本件保証金の収受による経済的利益の帰属年度が昭和五〇年三月期であるとすれば、本件処分が適法であることを認める。しかし、右の経済的利益は、次のとおり昭和四八年四月一日から昭和四九年三月三一日までの事業年度(以下「昭和四九年三月期」という。)に帰属するのであつて、昭和五〇年三月期に帰属するものではない。本件処分には、右経済的利益の帰属事業年度を誤つた違法がある。
1 固定資産の譲渡による収益の額は、原則として、その引渡しがあつた日の属する事業年度の益金の額に算入することとされている(昭和五五年五月一五日直法二―八による改正前の法人税基本通達二―一―三)。原告は、中央共同に対し、本件借地を本件転貸借契約締結日の昭和四九年三月二七日に引き渡した。
すなわち、中央共同は、本件借地上の本件建物を取り壊し、本件借地を含む土地上に地上一〇階地下一階の堅固な建物を建築することを計画していたのであつて、本件転貸借契約は、中央共同において本件建物を取り壊すことを前提に、本件建物をそのままにして本件借地を中央共同に引き渡すというものであつた。そこで、原告は、契約締結と同時に本件借地及び本件建物を中央共同に引き渡した。
このことは、原告と中央共同との間の同日付念書に、原告が契約締結と同時に本件借地を現状のまま中央共同に引き渡す旨明記されていることによつて明らかである。そして、原告は、契約締結と同時に、本件建物の滅失登記手続に必要な本件建物の登記済権利証、本件建物の所有名義人であつた永井甚右衛門の委任状及び印鑑証明書を中央共同へ交付した。また、原告は、昭和四九年四月分以降の転貸料を中央共同から受領している。
2 なお、原告は、林錫仁から本件建物の家賃を本件転貸借契約締結日よりも後である昭和四九年一〇月分まで受領している。しかし、これは、林錫仁に対する立退交渉を円滑に進めるために、中央共同の要望と承諾の下に、林錫仁に対する関係では本件転貸借契約後も原告が家主であるということにして、原告が家賃を受け取つたものである。
3 以上のように、本件借地が原告から中央共同へ引き渡されたのは昭和四九年三月二七日であるから、本件借地の転貸に伴う経済的利益の帰属は昭和四九年三月期である。
なお、当時の法人税基本通達二―一―三の但書によれば、収益帰属の時期をできるだけ早い事業年度に繰り入れさせようとする趣旨が看取されるが、このことにも留意すべきである。また、原告は本件保証金を秘匿しようとする意思はなかつたのである。顧問税理士の意見によれば、本件保証金の収受は課税対象とはならないということであり、原告はこれを預り保証金として法人税確定申告書添付の貸借対照表に明記した。
被告側の税務調査が開始されたのは昭和五二年一〇月であり、昭和四九年三月期法人税の更正期間三年を既に経過していたため、三条税務署長は右帰属事業年度を昭和五〇年三月期と設定したものと思われる。
五 よつて、本件処分には、本件借地の転貸に伴う本件保証金収受による経済的利益の帰属事業年度を誤つた違法があるから、その取消しを求める。
第三 請求原因に対する被告の認否<以下、事実省略>
理由
一請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。また、原告が中央共同に対し本件借地を転貸したことに伴い同社から無利息で本件保証金を預かつたことにより原告に経済的利益が発生したこと、右経済的利益の帰属事業年度が昭和五〇年三月期であるとすれば本件処分に違法はないことについても当事者間に争いがないところ、原告は右経済的利益の帰属事業年度を昭和四九年三月期と主張するものである。
二原告は、中央共同との間で昭和四九年三月二七日本件転貸借契約を締結し、本件保証金三億五四一二万円を六〇年間無利息で預かる旨を約した上、同日五四一二万円、同年四月三〇日、同年七月三一日及び同年一〇月三一日に各一億円を収受し、経済的利益を得ることとなつた。借地の転貸に伴い無利息で保証金を預かることにより生ずる経済的利益は借地転貸の対価にほかならず、かかる対価を収受すべき権利は借地の引渡しにより確定すると解するのが相当であるから、右経済的利益は借地の引渡しのあつた日の属する事業年度の益金に算入すべきである。したがつて、本件借地の転貸に伴う経済的利益も本件借地の引渡しがあつた日の属する事業年度の益金に算入すべきことになるが、この点については当事者間に争いがなく、当時の法人税基本通達二―一―三の定めにも合致するところである。
ところで、本件においては、転貸すべき本件借地上に原告が所有し林錫仁に賃貸中の本件建物が存していたところ、中央共同はこれを取り壊して新建物を建築することを計画していたのであつて、本件転貸借契約は中央共同が本件建物を取り壊すことを前提に、本件借地を現状のまま引き渡すという内容であつた(当事者間に争いがない。)。したがつて、本件建物に対する支配権と本件借地に対する支配権が一体不可分の関係にあり、本件建物に対する支配権の移転があつた日をもつて本件借地の引渡しがあつた日と解するのが相当である。
そこで、本件建物に対する支配権の移転時期を中心に、本件借地の引渡時期を検討する。
1 <証拠>によれば、原告は、昭和四九年一〇月三一日、本件保証金の最終支払分一億円の支払を受けるのと引き換えに、中央共同に対し、本件建物の登記済権利証、本件建物の滅失登記に必要な登記名義人永井甚右衛門の委任状及び印鑑証明書を交付したこと、中央共同は、昭和五〇年五月に本件建物の賃借人林錫仁との立退交渉に成功し、同年六月に本件建物を取り壊し、その滅失登記手続を行つたことが認められる。
原告は、本件転貸借契約締結日の昭和四九年三月二七日に本件建物の登記済権利証(甲第一〇号証)並びに永井甚右衛門名義の委任状及び印鑑証明書を中央共同へ交付したと主張する。そして、証人平林正三と同永井甚右衛門は、原告が右契約締結日に中央共同に対し甲第九号証の委任状と印鑑証明書を交付したと証言する。しかし、前掲乙第八号証の一、二によれば、甲第九号証の委任状は昭和四九年五月一日以降に作成されたことが明らかであり、右各証言は措信できない。原告代表者は、被告から右乙第八号証の一、二が提出され、甲第九号証の委任状が昭和四九年五月一日以降に作成されたと指摘された時より後に行われた代表者尋問において、右契約締結日には甲第九号証とは異なる委任状と印鑑証明書を中央共同へ交付しており、甲第九号証の委任状はその後に交付したものであると供述するが、右訴訟の経過からみても、また、本件建物の滅失登記手続のための委任状について差替えを必要とする理由もないことからみて、右原告代表者の供述は措信できない。更に、原告代表者は、本件建物の登記済権利証も右契約締結日に中央共同に交付した旨供述するが、右契約締結日には本件保証金三億五四一二万円のうち五四一二万円のみが支払われたにすぎないのであつて、この段階で登記済権利証等を交付するというのは不自然であり、証人平林正三及び同永井甚右衛門の各証言内容とも矛盾し、措信できない。その他、前記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 原告が本件建物について賃借人の林錫仁から昭和四九年一〇月分までの家賃を受領していたことは、当事者間に争いがない。
なお、原告代表者は、原告が受領した前記契約締結日から昭和四九年一〇月三一日までの家賃は、中央共同から交付請求があればこれに応ずる趣旨で、原告の益金には計上せず、本件建物の登記名義人永井甚右衛門の子の二代目永井甚右衛門に預けた旨供述する。しかし、中央共同からの交付請求や精算手続のなされた形跡はなく、また、証人永井甚右衛門の証言によれば、二代目永井甚右衛門は右家賃を自己の雑所得として所得税の申告をしたというのであるから、原告が林錫仁から中央共同のために右家賃を受領したと認めることはできず、原告はこれをいつたん自己の所得として受領した上、二代目永井甚右衛門に譲渡したものというほかない。また、原告主張のように、林錫仁との立退交渉を円滑にするため、名義のみ原告を家主にしていたにすぎないというのであれば、原告が家賃を自己の所得として取得したことを説明できず、また、原告が積極的に立退交渉の衝に当たつたことを認むべき証拠もないから右主張は採用できない。
3 そして、<証拠>によれば、中央共同の代理人である平林正三弁護士は、林錫仁に対し、本件建物に関する実質上の権原は昭和四九年一一月一日から中央共同に移転したことを通知し、同月分以降の家賃の支払いを請求した事実が認められる。
4 以上のように、本件建物の登記済権利証並びにその滅失登記手続に必要な委任状及び印鑑証明書が昭和四九年一〇月三一日に原告から中央共同へ交付され、本件建物の借家人林錫仁からの家賃についても、昭和四九年一〇月分までは原告が受領し、更に、中央共同が林錫仁に対し本件建物に関する実質的な権原が同年一一月一日以降原告から中央共同へ移転した旨通知していることを総合すれば、本件建物に対する支配権は昭和四九年九月三一日に原告から中央共同へ移転したと解するのが相当である。その上、本件保証金の最終支払分一億円の支払日が右同日であることを併せ考えれば、本件借地の引渡しは右同日に行われたと認めるべきである。
三原告は、昭和四九年三月二七日の本件転貸借契約締結日に原告と中央共同との間で取り交わされた念書(甲第七号証)に、「原告は本契約締結と同時に本件借地を現状のまま中央共同に引き渡し、中央共同が施行する共同ビル建築に協力するものとする。」旨記載されていることを主たる根拠として、右契約締結日に本件借地の引渡しが行われたと主張する。しかし、右契約締結日に両者の間で取り交わされた土地賃貸借契約書(甲第六号証)に、転貸借期間として「昭和四九年四月一日以降六〇年間」と明記されていることを考えれば、期間開始日である昭和四九年四月一日(それは昭和五〇年三月期に属する。)より前の引渡しを約したと認めるのは困難である。それはともかくとして、右契約締結日には、前叙のとおり、中央共同も本件保証金の一部を支払つたにすぎず、原告も本件建物に対する支配権を移転していないのであるから、右念書の記載のみをもつて本件借地の引渡しを認めることはできない。
また、前掲乙第二号証によれば、中央共同は原告に対し、本件借地の昭和四九年四月分から同年九月分までの転借料を同月三〇日に支払つたことが認められる。しかし、転借料が昭和五〇年三月期に属する昭和四九年四月以降のものであり、しかも支払時期も同年九月三〇日であつてみれば、本件借地が同年四月一日より前に引き渡されたことの証拠とすることはできない。むしろ、右のように支払が遅れていた点は、引渡しが遅れていたことを示唆するものといえよう。そして、中央共同としては、円滑な引渡しを受けるために、右のような転借料の支払をしたものと考えられる。
なお、原告は、当時の法人税基本通達二―一―三但書をみると、収益帰属時期はできるだけ早い事業年度に繰り入れさせようとする趣旨が看取されると主張するが、但書の趣旨は、法人が固定資産の譲渡による収益を当該固定資産引渡前の事業年度の益金に算入する会計処理をしたときは、その処理を認めるというにすぎない。そして、<証拠>によれば、原告は本件保証金の収受による経済的利益を昭和四九年三月期の収益に計上していないから、右但書が適用される余地はない。
四以上のとおり、本件借地の引渡時期は昭和四九年一〇月三一日であり、したがつて本件借地の転貸に伴う本件保証金収受による経済的利益は右の日の属する事業年度である昭和五〇年三月期の益金に計上すべきであるから、本件処分に原告主張の違法はない。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(泉徳治 大藤敏 岡光民雄)